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心に残った映画や読書の記録。日々の備忘録のようなモノ。【ブログ管理人:小夏】


by 小夏
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日航機墜落事故から20年を経て。


<日航機墜落20年>多くの遺族らが慰霊登山 群馬・上野村 (毎日新聞)

あれから20年。520人が犠牲になった85年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故の現場、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」は12日早朝から、時折雨が降る中を多くの遺族らが慰霊に訪れた。事故後20回目となる鎮魂の朝。
遺族らは亡くなった人に祈りをささげ、過ぎ去った歳月を報告した。空の安全を巡るトラブルが相次いだ今年、慰霊とともに「絶対安全」を改めて願う一日となる。日本航空によると、慰霊登山者は76家族320人(正午現在)。


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    「昇魂之碑」に合掌する日本航空の新町敏行社長 (画像)


もう20年も経つんですね。月日が経つのは本当に早いものです。
奇跡的に4人の生存が確認されたものの、結果として520人の尊い人命が失われた「日航機墜落事故」。おそらく航空史上最悪の惨事と言えるでしょう。

その後の事故調査やボイスレコーダー解析などから明らかとなった幾つかの事実。そのひとつが、当時機体が完全に操縦不能に陥っていたこと、そして、迷走する機体を必死に立て直そうと、最後まで奮闘する機長たちの姿でした。
これらの事実は当時TVでも報道されましたが、私がより具体的に知るキッカケとなったのが、1990年出版の「日航ジャンボ機墜落」です。
本書は、某新聞社の事故後24時間の報道活動記録をメインとしたものですが、その中で私が強烈に胸打たれたのは、123便と管制塔との一連の交信記録、そして墜落までの32分間が収められたボイスレコーダーのリアルな内容でした。
当時、その緊迫したコックピットの状況に触れた書籍は他になかったため、初めてその惨状を目の当たりにした私は、あまりの衝撃に言葉を失ってしまいました。あの時のショックはいまだ忘れることが出来ません。

今日で事故からちょうど20年。
年月が経つにつれて、事故の記憶が薄れていくことはもはや仕方がないことだと思います。しかしその一方で、現在も航空機整備ミスや空港管制を巡るトラブルが絶えないこともまた事実でしょう。
この機会に、改めてあの事故について思いを馳せるべきなのかもしれません。
こういった忌まわしい惨事は、二度と繰り返してはならないのですから。

亡くなられた520人のご冥福を心よりお祈り致します。
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by marienkind | 2005-08-12 12:42 | 気になる話題